ロックフェラー


紀元前4004年に、神がこの世を創られた。しかし西暦1901年に至って、J・P・モル ガンとジョン・D・ロックフェラーが地球を作り変えてしまった


森田
「モルガンとロックフェラーがそろえば、それでアメリカになるでしょう。ロックフェラーとはアメリカ最大の財閥であり、 強大な力を持ってアメリカを動かしているアメリカの最高権力といえる存在です。欧州のロスチャイルドとアメリカのロック フェラー、時には世界戦略をかけて争ってきた間柄でもあり、同時に最近では共通の利益のためには協力もしている。この後石 油について何度か取り上げようと思っているのですが、そのまえにロックフェラーを取り上げておかないといけませんね。 何せ、石油といえばロックフェラー、ロックフェラーといえば石油ですから」
閣下
「確かに19世紀や20世紀初頭ではそうだが、現在のロックフェラーは、モルガンと手を結び、アメリカのあらゆる産業を手 中にしている。銀行では、全米1位のシティバンクが、ロックフェラーとモルガン系、2位のJ・P・モルガン・チェースもロック フェラーとモルガン、証券会社では、世界最大のメリル・リンチ証券がロックフェラーとモルガン、世界最大の石油メジ ャーのエクソン・モービルがロックフェラー、シェブロン・テキサコがロックフェラーとモルガン」
女王
「まさに、アメリカそのものね」

森田
「ロックフェラー財閥の創始者、ジョン・D・ロックフェラーは1839年7月8日にニューヨーク州ティオガ郡リッチフォードでウ ィリアム・エーヴリー・ロックフェラー(1810年11月13日 - 1906年5月11日)とイライザ・ディヴィッドソン(1813年9月12日 - 18 89年3月28日)の間に、6人の子供の2番目として生まれました。父親は薬の行商人をしていたと聞きます」
女王
「その父は、ほとんど詐欺みたいなことをやって売っていたようじゃないの。そんな父からはいろいろと学べたようね」(笑)
和泉
「そう、他人を信じないこと、他人を利用すること、そして利用し終わったら冷たく捨て去ること。そのおかげで敵は多かったようだ」
閣下
「ところが、そのロックフェラーも、晩年は慈善家として有名になるのだからおもしろいじゃないか。ロックフェラーからし てみれば、財産のホンの一部を寄付しただけでもそれがとてつもない額だったものだから、アメリカ国民は大喜びだ。これで ロックフェラーに対する憎悪も消し去れるんだったら安い出費ということだろう」(笑)
女王
「有名どころでは、国連の土地とビルがそうね」

森田
「ロックフェラーは当初、オハイオ州のクリーヴランドを中心に石油精製事業を始めました。ジョン・D・ロックフェラーが14歳の ときにクリーヴランドに引っ越してきたようです」
閣下
「このクリーヴランドという土地もなにかの因縁かもしれないぞ。クリーヴランドの経済の中心をなしていたのが、クリーヴラ ンド・ナショナル・シティバンクという銀行だったが、この銀行が初期のロックフェラーに融資を行っている。親会社の名前 をなんと、ロスチャイルド・インターコンチネンタル・バンクといそうだ」
和泉
「これが、初期のロックフェラーを支援したのがロスチャイルドだと言われる所以か」
女王
「ここでも、『ナショナル・シティ』の名前が出て来るわね。なんとかシティっていう名前が、ロンドンのシティをもとにした ロスチャイルド系列だっていわれているけど、全部がそうってわけでもないんでしょうね」
閣下
「このクリーヴランド・ナショナル・シティバンクの融資もあってか、1963年にロックフェラーが石油精製事業に乗り出して からはどんどん拡大していった」
森田
「興味深いのは、ロックフェラーは石油を掘り出す採掘業者としてではなく、それを精製して商品にする事業に特化していたことです」
女王
「当時は一発掘って大もうけしようって輩が多かったものだけど、彼の目の付け所は他の人とはちょっと違っていたのね」
閣下
「石油を掘り当てるのは一種のバクチだからな。確実に成功する方法を採用するところが流石はロックフェラーといったところだろう」
和泉
「いずれにせよ、精製しなければ石油を掘り当てても金にならないからな。石油採掘業者はロックフェラーに安く石油を買い叩かれ てでも、精製分野を独占されてしまっている以上あきらめざるを得なかった」
森田
「ロックフェラーの拡大路線というのは、同業の精製業者をパートナーにしたり買収したりといったものでした。この買収して拡 大するというやり方は、後年、油田を獲得するときにも使われます」
閣下
「まさに金に物を言わせるやりかただな。ロックフェラーの真髄じゃないか」(笑)
森田
「そして1870年、後に、空前絶後の巨大石油会社となる、『スタンダード石油』が設立されました。資本金は100万ドルだそうです」

女王
「1870年代はひたすら拡大路線にまっしぐらで、全米の製油所を次々に支配化に置いていったわね」
閣下
「しかも、この当時は後に問題となる悪質なリベートなどもやっていた。つまり鉄道会社とグルになって、スタンダード石油の荷 物だけは安く運ばせ、ライバルを潰していったんだ」
森田
「よくそんな真似がまかり通ったものです」
閣下
「なに、鉄道会社にとってもうまみのある話だったからだよ。
『値下げ競争をやめて、価格を高く設定しよう。ただし、スタンダード石油の商品だけは安く運んで欲しい。すると、他の石油会社 は倒産、それを私が買い取る。結果、石油業界も競争が無くなり安定。私の提案に賛同してくれるところには、優先的に石油の輸送 をお願いする』
というような話をもちかけたものだ」
女王
「要するに、皆で独占してがっぽり儲けようって話ね。普通こういうのを『談合』というのよ」(笑)
閣下
「この目論見は見事成功。1884年には、全米の精油所能力の77%、石油製品の販売シェアの80%を占めるに至った」
女王
「『談合』の効果は抜群だったようね」(笑)
閣下
「ところが、鉄道をおさえても、もうひとつ問題があった。新たに登場してきた輸送方式、『パイプライン』だ。タイドウォータ ー石油がパイプラインを敷設しはじめた。これに業を煮やしたロックフェラーは、パイプラインの破壊工作を行なった」
和泉
「その破壊も、ギャングなどを使っての悪質なものだったようだな。今のテロリストも真っ青だ」
閣下
「とはいえ、最終的にはタイドウォーター石油もロックフェラーの支配下になってしまう。ここでもその力の源泉は金だ」
森田
「このパイプライン騒動をきっかけに、ロックフェラーもパイプラインを採用し始めたようですね。当初は、パイプラインを支配し ていたのは鉄道会社だったのですが、1880年頃までにはスタンダード石油が全米のほとんどのパイプラインを支配するようになりました」

女王
「80年代の終わりごろからは、原油生産部門にも進出し始めたようね。ロックフェラーもいよいよ石油を掘り当てる気になったか って思ったけど、なんのことはない、いつもどおり他の原油生産会社を買収していっただけのことね」
閣下
「ここでもまた金だ(笑)。いずれにせよ、1889年に16%のシェアしかなかった原油生産も、1898年には38%にもなっていたんだから 、恐るべき話じゃないか。90年代には、
原油生産 40%
石油精製能力 75%
石油製品販売 83%
パイプライン ほとんど
をスタンダード石油が占めていた。一産業をこれほど独占した例は他に無いだろう」
森田
「当然、周囲の反感を買うものです。特に、石油採掘業者からの反感は強いものがありました。苦労して石油を掘り当てても、ロッ クフェラーに安く買い叩かれるのですから当然です。そんななかで会社をロックフェラーに奪われて路頭に迷う人もいれば、自らの 命を絶つ人も少なくは無かった。スタンダード石油に対して抵抗した中小の石油業者もありました。その中には、ジョン・D・ロッ クフェラーの実弟、フランクリン・ロックフェラーもいました」
女王
「これぞ骨肉の争いね。金のためなら兄弟をも犠牲にする、流石はロックフェラー」(笑)

閣下
「ところで、いくら巨大とはいえ石油会社であるスタンダード石油だけではロックフェラーの巨万の富は得られなかっただろ うし、ロックフェラー財閥という巨大財閥も生まれなかったはずだ。財産を溜め込むことができた理由は、ロックフェラーが金庫 として『ナショナル・シティ・バンク』を使ったからでもある」
森田
「前に、連邦準備制度のところで出てきた、シティバンクの前身ですね」
和泉
「スタンダード石油が注入する莫大な金のおかげで、そのナショナル・シティ・バンクは瞬く間にニューヨーク最大の銀行になって いった。いずれにせよ、この銀行がロックフェラーの石油銀行になっていたことは疑いない」
女王
「当時は、大銀行といえば、かの『J・P・モルガン』、同じくモルガン財閥の『ファースト・ナショナル・ バンク』。モルガンが全米の産業を掌握する力の源泉が銀行なら、ロックフェラーも銀行に進出するのも無理ないわね」
閣下
「なんだかんだいって、最後にものをいうのは金だ。最も力のある産業といえば銀行だ。モルガンが金融を主軸に、モルガン・ス タンレーやメリルリンチ証券を設立していったのも当然だし、ロックフェラーもチェース・ナショナル銀行や、マンハッタン銀行 を支配化に置いていっては財産を守っていった ものだ」
森田
「それにしても、当初はライバルだったモルガンとロックフェラーも、後には合併していきますね。ナショナル・シティバン クとファースト・ナショナル・バンクの合併でシティバンクが、チェースとマンハッタンが合併してチェース・マンハッタン銀 行、そしてさらにJPモルガンと合併して、J・P・モルガン・チェース・・・」

閣下
「ところが、あまりにも巨大なスタンダード石油にも苦難が訪れる。独占を嫌うアメリカの体質からか、スタンダード石油に対する 風当たりは激しく、1890年、シャーマン反トラスト法が誕生した。いわゆる独占禁止法だ。1905年に連邦下院が石油事情の調査命令 を下し、1906年にはその報告書が提出された。ここで、ロックフェラーが行なってきた数々の悪事が明るみに出たのだ」
和泉
「そこからは世紀の裁判だな」
女王
「当時の写真を見ると、既に70歳を超えていたロックフェラーが弱々しく裁判所に出入りしていたわね。なんでも、若い頃のたくまし さが無くなって、壮年時代には急に太ったり、頭髪が抜けて禿げてしまったり・・・。そういえば、晩年はずっとかつらだったそうよ」
閣下
「当時はアートネイチャーはなかったからなぁ」(笑)
森田
「そうなんですか?」
閣下
「いずれにせよ、1911年5月、歴史的判決だが、連邦最高裁判所がスタンダード石油を「シャーマン反トラスト法」違反で有罪とした。 その結果、スタンダード石油が33社に分割された」
女王
「これで、とうとうロックフェラーも息の根を止められたかって思ったけど、転んでもただではおきないロックフェラー(笑)。実は 、分割された会社の株券はそのまま所有していたし、分割後に株価が3割も値上りして、結局ロックフェラーは大もうけできたみたいね」
和泉
「災い転じて福となすということだ」

森田
「一代で巨万の富を手にし、ロックフェラー財閥を築いた男、ジョン・D・ロックフェラーは同時代を 生きたJ・P・モルガンとともにアメリカ史上最大の巨人といってもいいでしょう。1937年、97歳の天寿を全うした彼も、最晩年は静か な生活を送ったようです」
閣下
「そのころには、あれがロックフェラーかと思われるくらい小さくなっていたな。コートの中に小さく身を縮めてどことなく哀愁 を感じさせた。体重が30キロ台の老人だった」
森田
「最後のときも、なにごともなく静かに息を引き取っていったそうです」

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